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プロローグ~雷鳴~

 田舎道を一台の馬車が駆けていた。
 特に急ぐ旅でもなかったが、パリを出た頃は穏やかだった天候が、なにか気にくわないことがあったのか急に雲行きが怪しくなり、このままだと嵐に巻き込まれる危険があったからだ。後方を振り返ると30分ほど前に通り過ぎた町の上空が暗雲に覆われ、激しい稲光に照らされている。地鳴りのような遠雷が馬車の中まで響いてくる。
 馬車の中には、黒衣の青年伯爵と金髪の少年従者、そして寄り添うように座っている、兄弟と思われる子供二人が乗っていた。
 青年伯爵は名をエドゥアール=ド=ヴァンテールといい、年の頃20歳半ば、長い髪は欧羅巴人にしては珍しく漆黒の美しい髪をしており、白い肌と対照的だった。しかし目の色は澄んだ深い湖水を思わせる、じっと見つめると吸い込まれそうな冷たい青であった。背は平均より少し高めといったところだが、細身で手足も細長く、華奢さではそこら辺の貴婦人もうらやむようだった。おそらくその、神秘的な美しさにおいても。
 少年従者の名はラウル。年の頃14・5歳、黄金の巻き毛に明るいエメラルド色の大きな眼の少年で、利発そうな顔をしている。幼い頃両親を失ったため、伯爵が身元保証人である。
 同行の兄弟で上の子供は12歳くらいだったが、下の子はまだ幼く4・5歳といったところだろうか。二人とも眼は灰色ががった青だが、上の子の髪はブロンドのストレートで弟は茶色い巻き毛だった。幼い弟は徐々に激しくなる雷にかなり怯えていた。

「まあ、この状態なら嵐がひどくならないうちに目的地へ着くだろう。」
黒衣の青年は、おびえる兄弟を安心させるように優しく言った。
「伯爵様、私たちのようなものがお友達のお城におじゃましてよろしいのですか?」
年長の子供がおずおずと尋ねた。
「大丈夫だ。彼は私の気まぐれをよく知っているからね。それに子供好きだから、きっと歓迎してくれるよ。」
伯爵は答えながらちょっといたずらっぽく付け加えた。「ただ、話によるとちょっと曰くありげな城らしいからね、いい子にしておくんだよ。」
「伯爵ってば、何をさらに脅してるんですか。」ラウルは困ったように伯爵を見ながら言った。
「私は正直なだけさ、ラウル。ほら、そろそろ城が見えてくるぞ。」
馬車はいつの間にか田舎道を抜け森の中の道を走っていた。しかし、雷鳴は徐々に大きくなってきている。しばらくするとうっそうとした森が開け、湖に囲まれた古城が姿を現わしてきた。城は湖からの靄で少しかすんでいる。
「ほら、いかにも何かありそうな城じゃないか。」
伯爵はまじめな顔をして言った。兄弟はこわごわ城を見ようと窓をのぞいた。その時青白い稲妻があたりを鋭く照らし城を浮かび上がらせた。ついで激しい雷鳴が轟いた。馬が驚いていななき馬車が激しく揺れた。御者の必死に馬をなだめる声が聞こえる。兄弟は小さな悲鳴を上げてお互いを守るように抱き合った。ラウルは見かけの可憐さに似合わず肝の据わった少年だったが、さすがの彼も一瞬腰を抜かしかけたようだった。しかし、すぐに気を取り直し、幼い二人を抱き寄せ安心させようと何度も「大丈夫だよ。」と声をかけていた。伯爵は揺れに身を任せながらも落ち着いた様子で城を見つめていた。しかし、心なしか肌の色がいっそう青白く感じられた。
# by shizuma-eri | 2005-08-04 10:13 | ラミアの城